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神経症・不安障害の森田療法, 森田正馬の生涯 メンタルヘルスONLINE

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埼玉県飯能市双柳1-28

森田療法Morita Therapy

神経症・不安障害の精神療法 森田療法とは

森田療法森田療法は、東京慈恵会医科大学の初代精神科名誉教授・森田正馬(もりた まさたけ、通称:しょうま1874〜1938)が創始した精神療法で、1919年から1922年頃に確立されたと言われています。森田正馬
 内向的で心配性、完全欲が強いといった神経質な性格傾向の人なら誰でも、身体や感情の違和感にばかり気をとられ、それを取り除こうとしてかえってその違和感にとらわれていくという経験をしたことがある人もいるでしょう。

 そうした心のからくりによって起こる精神状態を
「神経症」と言って、おもな症状としては不安神経症・パニック障害・対人恐怖症・普通神経質症(自律神経失調症の大部分がこれに属する)・強迫神経症などがあります。森田療法は、こうした神経症のための精神療法です。

 森田療法の創始者である森田正馬は、彼自身が大学時代に神経症に陥り、自力で神経症を克服した体験をもとに、さまざまな精神療法を学ぶなど、試行錯誤を重ねて独自の治療法、森田療法を編み出しました。

 欧米(日本の薬物療法も)の精神療法では、不安や症状を病的な異常とみなし、取り除こうとします。これに対し森田療法は、不安があるのは人間として自然なことだと認め、不安との共存を目指しています。
 そして、不安の裏にある「生の欲望」に目を向け、その欲望にのって今の自分を現実世界で生かしていこうとします。不安や症状は、こうした努力の積み重ねていく過程で、やがて「不安があっても、それだけでそれっきり」という心の態度が生まれてきます。

森田療法 森田正馬博士年譜(敬称略)

1874年(明治7年)高知県(現 香南市)に長男として生まれる。
1894年(明治27年)20歳 自転車に乗って心悸亢進発作を起こし死の不安恐怖を経験
1896年(明治29年)22歳 久亥と7月に結婚
1898年(明治31年)24歳 上京し東京帝国大学医科大学に入学
1903年(明治36年)29歳 呉秀三教授指導のもとに東京府立巣鴨病院に勤務
1906年(明治39年)32歳 東京本郷区蓬莱町に転居。根岸病院顧問(医長)就任
1912年(明治45年/大正元年)38歳 自宅の門に日曜宅診の看板を出す
1913年(大正2年)39歳 神経学会で「麻痺痴呆の瞳孔障害」を発表
1914年(大正3年)40歳 「迷信と精神病」を発表。第一次世界大戦起こる
1919年(大正8年)45歳 神経質者の家庭入院に切り替え精神病恐怖、赤面恐怖、ヒポコンドリーの治療によって神経衰弱および強迫観念の森田療法理論と実際を確立
1920年(大正9年)46歳 郷里土佐にて反復性大腸炎の大患にかかり70余日間病臥、死線を超える。「神経衰弱及神経質の療法」執筆開始
1922年(大正11年)48歳 学位論文として「神経質の本態と療法」の執筆にかかる
1923年(大正12年)2月 父正文死去。9月関東大震災。
1924年(大正13年)50歳 東洋大学教授となり教育病理学を講ず。医学博士号受領
1925年(大正14年)51歳 宇佐玄雄先生 京都に三聖病院を創設、記念講演をなす
1926年(大正15年・昭和元年)52歳 「神経衰弱及強迫観念の根治法」出版
1927年(昭和2年)53歳 野村・淺羽・津島・古閑・長谷川等日曜宅診見学生として入門。倉田百三外来通院。
1928年(昭和3年)54歳 1月より血痰、下痢、喘息など病弱。「迷信と妄想」「神経質の本態と療法」出版。11月 慈恵医大在職25年祝賀会
1929年(昭和4年)55歳 仙台における神経学会出席。5月肺炎にかかり重態となる。
第一回 刑外会開かる
1930年(昭和5年)56歳 森田療法研究会(神経質研究会)発足し機関誌月刊「神経質」を主宰発行。9月、一子正一郎死去。10月、「正一郎の思い出」を執筆開始
1931年(昭和6年)57歳 5月 高良武久博士根岸病院医長となり、慈恵医大講師就任
1932年(昭和7年)58歳 5月 森田診療研究所新築落成。9月 熱海森田館建築着手
1933年(昭和8年)59歳 高良博士の紹介で森田療法独訳文成る。
1934年(昭和9年)60歳 東京大学の神経学会で「強迫観念の成因」を演説し、丸井教授と討論す。「生の欲望」出版
1935年(昭和10年)61歳 「赤面恐怖の療法」「神経質療法への道」出版。10月、久亥急逝。
1936年(昭和11年)62歳 「健康と変質と精神異常」出版。「倉田百三氏の悩みたる強迫観念の心理解説」を東西医学に発表。
1937年(昭和12年)63歳 4月 慈恵医大名誉教授に就任
1938年(昭和13年)64歳 4月 高良教授の宿題報告が京都大学にて行われた模様の報告を受け、4月12日肺炎にて自宅で死去。

森田療法 森田療法は生き方の「再教育」
 森田療法というのは、神経症・パニック障害の悩みを解決するための、すぐれた精神療法です。
森田療法は、慈恵医大名誉教授の森田正馬博士が1920年ごろから始められた精神療法で、今日では世界で注目されている神経症理論となっています。
人間が本来もっている人間らしい欲望や不安、感情のメカニズムなどを医学的に解明―その理論にもとづき、「あるがまま」の心を育てることによって神経症をのりこえていくのが、森田療法の主眼です。
森田療法は生き方の「再教育」とも呼ぶべきものでしょう。
                                      
森田療法 森田療法の目指すものとは
 森田療法では神経症の症状を誰にでも起こりうるものと考えます。
動悸やめまいがしたり、緊張して手のひらに汗をかいたり、声がふるえることは誰にでも起こりうることです。

 本来、このような心や身体の自然現象(違和感)は短い時間で消失するものです。
ところが、このような現象(違和感)が気になって仕方がないという人がいます。
このような人は、何事にも完璧でなければいけないと考えます。
その徹底的な完璧主義から、自分のことを気に病みやすく、自分の行動や心の状態に敏感という傾向があり、神経質で取り越し苦労という性格を持っているのが特徴です。

 このために、普通の人が気にせずに忘れてしまうような心や身体の自然現象を、あってはならない、あっては困るものと考えて自分の心や体の状態を注意して観察するようになります。
 これが「自分の心や体の状態への注意の集中」で動悸やめまい、緊張感を意識して、またなりはしないかとしきりに観察することになります。

 その結果、今までは気にしなかったことが気になるという「感覚の鋭敏化」が起り、今までになく自分の心や体の状態に敏感になります。
そして、仕事や趣味のことよりも自分の心や体の状態が一番の関心事になってしまう「視野の狭窄(しやのきょうさく)」が起きてきます。

 このように、注意の集中、感覚の鋭敏化、視野の狭窄は繰り返し起り、悪循環を形成してゆきます。森田療法創始者である森田先生はこの悪循環を精神交互作用と呼ぴ、悪循環を打ちこわすことが神経症の最も有効な治療法と考えました。

 森田療法では、悪循環を打ちこわすことで、自分を苦しめる神経症の不安・症状を本来の心や身体の違和感として気にせずに過ごせるようにすることを目指します。一言でいえば、発想を転換し今までとは違う考え方を身につけることです。

 神経質で取り越し苦労をしやすい人は、森田療法を頭の中で理解しようとしても、再び悪循環に陥ってしまいがちです。
このため、森田療法では気分や症状よりも行動を重視し、その中で得られた体験から発想を転換し、今までとは違う考え方を自分のものとして身につけていきます。このような方針は回り道のようにみえますが、より楽しく建設的に生きられるようになる近道なのです

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